昭和43年9月18日 月次祭
ただ今から、昭和43年9月18日月並祭の御理解を頂きます。人の不行状を見て我身の不行状になること。中に自分の事は本当に分からない。人の事はよく分かる。自分のことはよく分からない。これではいよいよ改まって行くと言うこともおぼつかない。自分の非、自分の不行状を自分の分かっていないところを分からして頂くところに信心があるのでございます。非との不行状が目につくときには、それは人を見らずに、自分の手元のところを自分の足下のところを一応頂かしてもらうような気持ちが本当に必要じゃあないでしょうかね。本当に自分の事は分からない。ちっとも分からない。そこでどうでもここで必要なのは一つの言うなら、手本をよい生きた手本と言うものがありますと。それに神習うて進めて行く。見習わして頂いて行くと言うことになる。お話を頂いてどんなにお話が発行者になって修行が一生懸命出来ましても自分の手本のところが分からず、自分の足下が乱れておることに気がつかず、改まって行かなかったら、どんなに私は信心が巧者になっていってもだめだ。どうでも一つ人の不行状が目についたら、自分の心にいわば、自分と言うものを本気で見極める。いわば、顕微鏡をかけて眺める気持ちで一つおかげを頂いていきたい。自分というものを厳密に調べて見て改まって行くと言うところにそれなければ、いけないと思う。お道の青年会の雑誌が毎月出ております。その9月分の肝こう編に津田先生が書いておられますね。現教主様、四代金光様の御精進ぶりを書いておられます。その金光様がですね。津田先生にもらしておられることを書いておられます。境内をなくなられた。三代金光様、いわゆる御父君ですね。金光様とご一緒に歩いておられた。自分の歩みが遅いから、金光様が立ち止まってそれをじっと待っておってくださった、というお夢だった。境内をご一緒にお歩きになっておられた。ところが、自分の歩みがあまりおそいもんですから、金光様がじっと自分の歩みを止めて四代様の歩いてこられるのを待っておられた、というお夢であった。それに対してこう言うようなお顔をよせておられますね。津だ先生が頂いておられるのでしょうか。
在りし日の杖の姿の父の事。歩ませ拾え、日に日に新たに
いわゆる三代金光様側の御信心、そのままに日に日に新たのこととしてそれを取り組ませてくださいと言う願いをかけておられます。いわゆる四代様は三代金光さまといういわゆる生きた師匠生きた信心の姿と言うものを頂いて、その金光様の生前をそのまま自分の信心の上に現わそうと努めておいでられる。そして、私共に教えてくださるように日々お互いに生活の現場において実意丁寧の限りをつくさせてもらえる。とりわけ、手元のところを大切にして参りましょうと言うようにおっしゃっておられます。いよいよ自分の手元のところを大事にして行こう。私は信心をね、信心を進めて行く、いうならば、基盤となるものをいわば基礎となるものをそれは日に日に私共が良い方向へ改まって進んで行くことだと思います。自分はそのままにおいて、そして新たな信心が分かって行っただけでは、これはおかげにならん。今朝方御理解を頂いていたら、ある方がテープを聞かれてから、「先生今朝の御理解はもうこれはおかげを頂く決定版でございますなあ」言われて見れば、確かにそんな気がいたします。やはり決定版だなあと「めでためでたの若松様よ。枝も栄える。葉も茂るというではないか」金光大神は家繁盛、子孫繁盛の道を教えるのだ。御理解第100節一番最後の所、私共もそうともでも思わなかったけれども、何回も皆さんがああして聞いてもおられるのを改め聞き直し、聞き直しさせて頂いて、なるほど金光様の御信心のいわゆるおかげを受けて行くための信心のこれは決定版と私は思いました。やはり、家繁盛、子孫繁盛の道を教えるのだと、お互い人間である以上家繁盛子孫繁盛を願わん者は一人もありません。しかもその道を教えるのじゃとこうおっしゃる。ですから、その道を私共が体得させてもらわなければ、いけない。その道を分からしてもらう道を体得させて頂くそのための一番基礎になるもの、それが私共が今申しました様に私共がいよいよこれでよいというものではない。言うなら、人のことは、よく分かるけれども、自分のことはわからない。そこんところをです。分かっていくということです。しかもそれを分かって改まっていくということなんです。そこに私はいよいよ家繁盛、子孫繁盛の道のいうなら、基礎がそこから、出けてくる。今朝、私は武者小路さんの有名な言葉を例に引用してから、お話をさせて頂いた。この道より他にない、自分の生きる道はこのほかにはない。この道を歩こう。といったような意味の言葉でございました。(切れている)
これでよいということではない。そこで私共は人事ではない。ああ、あれはなかなかだらしがないとか、今日私先程ある方と6時にここで面接するように約束してある。電話で、だから私は6時に見えたら、お食事をあげるつもりで家内に話しており、そして時間ばっかり今日お祭りだからと言うて気をつけて帰って頂こうと思いよった。ところが7時になっても見えない。家内がまだ見えませんかと言うて来ましたから、ここんところを分からにゃあいけんことがあるねと申しました。本当にあの一つの時間でも行こう。でもね。6時と言うたら、6時にきちっとあの人は時計の様にきちっと見える。そこにその人の私は信用がいよいよ出ける。一時間も待ってこれはご飯をあげようとおそなるけん。もう簡単にお話だけして早く帰ってもらはな仕方がないと言うて、まあ言い寄る所へ見えました。もう7時半でしたから、お祭りが30分後にありますから、もう簡単に箇条書きに話だけ書いてありましたから、ちょっとだけ聞いて帰ってもらったんですけれども、なるほど向こうには言い訳がある。こんな分です。あんな訳なんですけれどと言われるのです。けれども、はあ、そうですかとこちらは聞いておる。けれども、それはやはりいけません。これはこのことから家内に話したんです。本当に人とお約束したならば、信用を失うぞ。もし万一出けんなら、せめて電話ぐらいでもかけてこんならん訳です。けど、一口言わなければ、実意を尽くしたことにはならんぞと申したわけでございますけれどもこれは、まして神様の場合はです。神様は何にもおっしゃらないのですよ。8時の御祈念に9時頃ついたとおっしゃらないのですよ。ですから、これは私共がね、本気でその気にならなければ、出けないのです。改まる、たとえば、その人たちの今夜6時に会うということからです。これはいよいよお互いが実意にいわば、約束したことは、約束したことをして守りぬかなければいけない。いわば、信用を落としてしまう。10分の中、5分なら、5分間違えたら、もうだめなんです。いうなら、いっぺん間違えたら、もうだめなんです。そこんところをですね。私ともは正確ないわば、信心本当にもうあの人ばっかり嘘ついてからではなくて私共はその人のたとえば、不実意の事から、私自身のこれからの改まりと言うことを家内と話し合ったようにです。そこんところから私は信心には大事じゃあないだろうか。それがです。今日いわゆるこれがお道の信心の決定版だと。例えば、そのほうが言われるようにその決定版的のおかげを頂きそういうお教えを頂いてもです。そこんところを一つ出来ずして私はおかげを頂くはずがない、と今朝私は申しましたが基礎づくりせずして、家を立てるものはない。もうよかよか。こんくらいでよかよかと言うてぞう作り中ばして家を建てるものはない。大工さんが第一建ててくれませんですから、私共はその基礎というものを間違いない基礎をしっかり作らなければならないためにです。人の不行状を見て我身の不行状になること。人の不行状を感じたならば、自分のこととしてそれは一応は自分に頂いてそこから、改まって行こうとする態度、同時に一つの手本がいる。四代金光様がお父君三代金光様をお手本にしてなかなか遅い歩みではございますけれども、あなたが日々更に新たに70年間と言う長い間を70年一日のごとくお勤めぬいてくださったように私にもそのことを神習わしてください。私もそうあらしてください。しかも日々に新たのこととしておかげを頂かしてくださいと言うようなものがこのお歌の中にこめられているように私は思うのです。私はここんところを一つの手本のね、一つの見本と言うものを私共が頂いて、そしてそれに近づかして頂こうとする精進と今度は人を見てそれを自分の手本とさせてもらう。もうあの人ばっかりはと言うような人ほどその人を手本にして見てごらんなさい。自分の心の中にそれと同じような改まらなければならないものが多分あると言うこと。そこんところからです。たとえば、今朝頂いた御理解をですね。おかげになる。たとえば、流行歌手なんかはですね。のど自慢なんかで見いだされる。そして、まあ流行歌手としての人気ですね。掘り出し物の様にしてその人がその場を得たようにいうなら、魚が水を生き生きとしてその人の名誉を博して行くことが出来る。お金もたくさん儲かるだろう。言わば、人気も段々出てくるであろう。そこにその人はその道によって生かされた訳なんです。けれども、その道によって生かされたと言うことによってです。人間は幸せになるということではないと言うことです。だから、ここんところをまずね、自分は百姓をするほかに脳がないのだから、百姓によって生きていかなければ、ならないと言う意味ではなくて百姓によって食べて行くと言うのではなくて、百姓と言うその道によってです。自分自身が生かされるものでなければいかん。たとえば、ここに久富茂雄さんがおられるが、もうゴボウ作るには茂雄さんでなければいけないといったようなものを私はいわゆる研究すると言うか、努力すると言うか、そしてやはりゴボウ作る名人なら名人になったときに久富茂雄さんは百姓によって一家が食うて行くと言うこっちゃない。久富さんもそういう浅いものではないと思うのです。その道によって、それが生かされるなら、生かされたからと言うてその人は幸せじゃあない。自分が自分の持っている天分を発見してもらって、そして一躍人気、いわば流行歌手になった。その人は、その道によっていよいよ生かされた様になる。お金をもらう人気がでたからと言うてなら幸せにはつながらないでしょう。いわゆる金光大神がおっしゃっているいわゆる御理解100節の「芽出た目出たの若松様よ」と言うことになってこないのですよ。私たちの繁盛と言うものがです。その目出たと言うものにつながらなければいけんのですよ。枝も栄える葉も茂ると言う繁盛となっていかないといけんのですよ。なら、その繁盛を願わぬものはないのだ。そこに私はそういうおかげを頂ける道をお道の信心によって私共がわからしてもらう。この道より外に行く道はないと分からしてもらい、金光大神の教えられた事を私共から、日常生活の上に現わしていく。その一番やはり基本になるものがです。自分自身の改まりと言うことである。自分が改まらなければならないと言うことが分からない。実に分からない。もうこれは私自身がへきへきする程感じる。自分で自分のことが分からない。自分の息の臭い人があったら、あら自分もあんなに臭いことはなかろうかと言って思うて見なければいけない。これは本気でそこに取り組ませて頂けませんと私共は失敗いたします。夕べ御祈念終わってから、下がらして頂いてから、茂雄さんがお茶を入れてくださる長女がいっしょにお茶を頂いております。私がふと思い出したのが今朝こういう夢を頂いておったと言うてから思い出させて頂くと言うのは、今朝お夢の中に昨日の朝です。お夢の中に外から長男の声が長女の声が勝彦の声がもう悲鳴のような声が聞こえてくるのです。それで助けてくれえというのではないのです。何かしらんけれども、とにかく悲鳴に近いような声がはっきり、あれは勝彦の声がもう悲鳴のような声が聞こえるから、私は窓をあけてこうのぞいて見ました。そしたら、もうそれこそもう水がこんなに高くなるぐらい大水が入ってまよった。その大水に足を取られてから、いわば、なにかしらんけれども、その奇妙な声を出しておると言うようなお夢があった。今朝こう言うようなお夢を頂いたと言うてから話した。そしたら、それこそ顔を変えんばかりに長女がいうんです。あら、今朝私もお夢を頂いたと、それがその誰か知らんけれども、首を自分が絞め殺されよる。それで自分が夢の中で何ともしれん。奇妙な声でいわば、叫んでおった。親先生が頂いたお夢と私が今朝頂いたお夢とがこれは本当にいうなら、*然とするほどにその事を感じたとまあ言うわけ何でございます。おめぐみをおめぐみと感じようになってきた。もう当たり前の様になってきた。ここの**は特別のお恵み言うたら、お水はお恵みとしてあるから、その特別な大水の入っておるようなお恵み頂いておる。その特別のお恵みによって足をとられる。その特別なお恵みによってかえって自分で自分の喉を締めるような特別なお恵みによって自分がおぼれなければならない様な事があってはいけないじゃあないか。これはいよいよ自分と言うものを本気で見極めさせて頂いてこういうおかげを頂かせていけれるがらではない。信心ではないことを悟らしてもろうて、そこんところをおかげを頂いていかなければいけんなというふうに申しましたように。四代金光様にお夢の中に金光様が現れてそのようなお知らせくださってあるようになら私共に子供たちにもお夢の中にそういうようなお知らせを頂いて、しかも私が頂いているお夢と長女に頂いている長男にはまだ話しておりませんけれども、長男は頂いておるが頂いておらんか知らんけれども、ここんところに私は自覚して私共の子供が信心を進めて行くならばです。溺れることもなかろう、または自分で自分の首を締めるような結果にもならんだろうということなんです。これは私の子供たちのことだけはありません。自分で自分の喉を締めるような自分で自分でこれを作るような受けなければならないような私の場合は一応お互い反省して見なければいけないと私は思うのです。そこでおかげの頂きすぎるということになるのです。痛いかゆいがなおってありがたいのではない。何時もまめなのがありがたいのだ。夕べ御祈念に善導寺の原さんがお届けされました。「先生、もうとにかくおかげを頂いております。」日々夫婦の中、親子の中、嫁との中、初めの間は信心の生活と言うものがなれんごとでありありましたけれども、一年経ち、一年何か月経ちする。いきよる中にだんだん、だんだん私共の信心生活と言うことの中に取り込んで参りました。もうこの頃はこれは嫁ごがせなならん。これはばばさんがせなならんといった様な区別もなくなり、私の出けんことは嫁ごがしてくれる嫁ごのせんことは私がありがたくさせて頂く。そこに何にもないありがたいおかげを頂いておる。これが一人一人の信心のですね。たまものであった。このような雰囲気の中におかげを受けておるということがです。もう、何ともいいようもないほど、ありがたいことだと言うわけです。如何に家族中のものがですね。信心になりきっていわば、行っておらなければ、出来ることではない。そういうようなです。私は信心がです。基礎に基礎になる。参って来よった。自転車をとられた。ここで、お届けしたところが2~3日前から、自転車置場に新しい自転車があります。私は気が付いたけれども、** あれは、善導寺の久保山さんのじゃなかろうか。そこで茂雄さんが見えましたから、聞かれたところがやっぱり自分のものだった、という。3カ月前とられた自転車が帰ってきた。そう意味でのおかげならば本当にもう本当にお互い頂いておるわけなんですけれども。しかし、ただ事じゃあない。3カ月前持っていった人が3カ月後にそれを持って返しに来るということは、特別の神様の働きの中にそれがあっておるのである。そういうときにはおかげを頂いておると感ずるけれども、実はそういう様な働きがです。原さんがいうておるような本当に広大なおかげがです。そういうおかげの中に何時も私共があると言うこと。そういう特別の働きの中に私共があるのです。そういう特別の働きがあっておる間にです。私共が本当の信心を身に付けさせてもろうて、いよいよ家繁盛子孫繁盛の基礎を作っておらなければならない。その基礎の第一としてまずなんと言うても「人の不行状を見て、我身の不行状になること」と仰せられるような免角あんな不行状なものは自分にはないと思わずにその人のあんなにくさいのではなかろうかといっぺん思うて見てです。本気で言うならば、顕微鏡で眺めて見てです。あったあったと気づかせて貰い、それを改まって行くと言う、ところが私はそういうおかげをいただけれる基礎基礎になると言うことを思うのです。この所から改まって行く、同時に良い手本、良い見本、いわゆる私共には四代金光様が三代金光様をお手本になさっておられる様に私共のそういう手本と言うものを頂いて手本に向かって進まして頂こうという信心の願いと言うものがまずかけられなければ、いけないと思うのです。子孫繁盛のおかげを受けられるのじゃあない。子孫繁盛の道を教えてくださる。その道を私共は体得させてもらう。そしてこの道より他に内私が行く道はこれより外にないと一つ分からして貰うてこの道を歩いて行くならば、必ず、自分がそれによって生かされること。しかもそれが子孫繁盛家繁盛の富貴につながること。言うならば、それが天地の大道につながること。天地の大道につながると言うこと。家繁盛、子孫繁盛を願うと言う信心は下策な低級の信心だというのじゃあないのです。そういう人がありま。けれども、子孫繁盛、家繁盛を願うだけじゃあない。家繁盛、子孫繁盛の道を私共が体得するのです。道を習うて行くのです。しかもその道はです。どこに出るかというと天地につながるところの大道に出れるんだ。自分がより生かされる道があるのです。というようにね。分からして頂け。その基盤になるのです。私は免角人のことじゃあない。自分自身の事としてですね。本気で改まっていくところに改めて考えて見なければならないと思うのです。どうぞ。